2017年2月10日金曜日

「忘れられる権利」と最決平成29年1月31日、The right to be forgotten and the Supreme Court Decision dated January 31, 2017


本日は、いわゆる「忘れられる権利」に関し、先月31日にだされた最高裁の決定について、触れてみたいと思います。
 

1. 「忘れられる権利」につきましては、以前、事務所通信でとりあげたことがあります(↓)。
パソコンやスマホの普及により誰もが容易に情報を発信し、その情報が忽ち拡散することもある昨今、インターネット上の掲示板やサイトへの書込みにより、プライバシー侵害や名誉毀損といった被害に巻き込まれるケースも増えつつあります。インターネット上の書き込みは、匿名性が高いことに特徴がありますが、書き込みがなされた掲示板やサイトの管理者が分かれば、その削除を求めることができる場合もあります。もっとも、すべての書き込みについてその掲示板やサイトごとに削除を依頼するのでは、手間も費用もかかりますし、イタチごっこに陥る可能性があります。一般論ですが、一旦、インターネット上に拡散した情報を完全に消し去るのは不可能であるともいわれます。つまり、いつまでたっても、書き込みが残ってしまう恐れがあるのです。そこで、近時、注目を集めているのが、検索事業者(グーグルやヤフーなど)に対する検索結果削除請求です。検索結果は、掲示板やサイトへの「入り口」となっていることから、この「入り口」を削除してもらえれば、一般利用者が当該掲示板やサイトに辿り着くことは困難になると考えられるからです。
 中日新聞によれば、全国の裁判所に検索結果の削除を求めた仮処分などの申立ては、20169月までの一年間で、59件あったといいます。
 このような検索事業者に対する検索結果の削除を求める権利を、「忘れられる権利」とよんだりします。最近、耳にすることも増えましたが、日本では明文の規定はありません
 なお、上記事務所通信にもあるように、「忘れられる権利」の出自はヨーロッパにあります。また、同通信で触れた「EU一般データ保護規則」(REGULATION (EU) 2016/679 on the protection of natural persons with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data, and repealing Directive 95/46/EC (General Data Protection Regulation))は、執筆時は、”提案”でしたが、2016可決されたようです(2018に施行予定)。ちなみに、「忘れられる権利」(Right to erasure (‘right to be forgotten’))は、同規則の第17条(Article 17)に規定されています。
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv:OJ.L_.2016.119.01.0001.01.ENG&toc=OJ:L:2016:119:TOC

2. そんな中、平成29131日、最高裁は、検索事業者に対し、プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウエブサイトのURLやいわゆるスニペット等を、検索結果から削除するよう請求できる場合について、初めて、基準を示しました。
 判決文はこちら(↓)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf
 

3. 上記事務所通信でも触れましたが、この種の事案では、片や、プライバシー、片や、表現の自由と、極めて重要な人権同士がぶつかりあう場面といえます(なお、「検索結果の提供」が表現行為にあたるのか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本判決は、「検索事業者自身による表現行為という側面を有する。」旨、判示しています。)。
 こういった重要な人権同旨がぶつかり合う場合において、裁判所がよく用いる手法が、比較衡量です。

 本判決も、比較衡量を用いています。
すなわち、


当該事実を公表されない法的利益



当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情
 

比較衡量して

前者(「当該事実を公表されない法的利益」)が「優越すること」が「明らかな場合

に削除請求が認められる

としています。
そして、この比較衡量を判断する際に考慮すべきものとして、以下をあげています。


・当該事実性質及び内容

・当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度

・その者の社会的地位影響力

・上記記事等の目的意義

・上記記事等が掲載された時の社会的状況その後の変化

・上記記事等において当該事実に記載する必要性

など
 

このような基準を示した上で、最高裁は、本件については、「事実を公表されない法的利益」が「優越すること」は「明らか」であるといえない、として、検索結果の削除を仮に命じる決定及びその認可決定を取り消した原審(東京高裁)の判断を是認できると判示しています(つまり、削除を命じないということです。)。
 

4. ちなみに、さいたま地裁平成27年6月25日決定上記事務所通信の5頁(3)で紹介。平成27→7との誤植あり。)は、検索結果により更生を妨げられない利益が受忍限度を超えて侵害されているから、人格権に基づき検索エンジンの管理者である債務者に対し検索結果の削除を求めることができ、検索結果が今後表示し続けられることにより回復困難な著しい損害を被るおそれがあるとして、検索結果を仮に削除することを命じていました
 この仮処分に対する保全異議についての判断がさいたま地裁平成271222日決定であり、同決定は、
一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者といえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』を有するというべきである」として、「忘れられる権利」という言葉を用いた上で、「検索エンジンの公益性を考慮しても、更生を妨げられない利益が社会生活において受忍すべき限度を超えて侵害されていると認められるのである」等とし、仮処分決定認可しました。
ところが、その保全抗告である東京高裁平成28年7月12日決定(原審)は、「『忘れられる権利』は,そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく,その要件及び効果が明らかではない。…(略)…そうすると,その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。」等とした上で、原決定および仮処分決定取り消しました
 そして、既に述べた通り、その許可抗告である最高裁平成29年1月31日決定は、上記のような基準を示した上で、東高高裁(原審)の判断を是認できるとしたわけです。
 

5. 本件では、最高裁は、「忘れられる権利」には触れていませんし、結論として、検索結果からの削除は認められませんでしたが、基準を示して、検索事業者に対し削除請求できる場合があることを認めています。ただし、「事実を公表されない法的利益」が「優越すること」が「明らか」であることが必要なので、ハードルは高めであるといえるでしょうか。
 例えば、逮捕事実の場合、逮捕直後、当該事実は「公共の利害に関する事項」に該当しますが、時の流れとともに、前歴・前科となり、「プライバシーに属する事実」ともなりますから、次第に、「プライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益」や「更生を妨げられない利益」が増していきます。具体的に、どのような事実でどのくらいの時が経過すれば検索結果からの削除が認められるのか等、裁判例の集積が待たれます。


The Supreme Court in its decision dated January 31, 2017 showed a ruling (a balancing test) to order deletion of a website link and a snippet containing a person’s privacy from internet search result, however, it rejected an appeal according to the ruling.  The Saitama District Court’s decision dated December 22, 2015 drew public attention because it allowed the deletion mentioning “the right to be forgotten”, while it was overturned by the Tokyo High Court on July 28, 2016.