2015年6月26日金曜日

IBM事件控訴審判決(東高判平成27年3月25日)を読んでみて…(その2)


1. 今日の名古屋は、結構強い雨の一日でした…。

 今日は、昨日とりあげた
IBM事件控訴審判決東高判平成27325)の続きを…。
 昨日のブログはこちら(↓)。
 http://www.hisaya-avenue.blogspot.jp/2015/06/27325.html


 以前のブログはこちら(主として第一審判決についてとりあげています。事件の概要は、こちらをご覧ください。)(↓)
 http://www.hisaya-avenue.blogspot.jp/2015/04/27325.html
 
2. IBM事件控訴審判決東高判平成27325)を読んでみて…(その2)
 

(1) 控訴審の判断 ~②本件一連行為が、独立当事者間の通常の取引と異なり、経済的合理性を欠くかについて~

ア.本件一連行為は、本件税額圧縮実現のために一体的に行われたものかについて

まず、本件税額圧縮が何かですが…。
 
 米国IBMは、2001年(平成13年)から2004年(平成16年)にかけて、日本を含む主要地域に、地域または国単位の中間持株会社を置くことによる組織再編をすることとし、日本においても、従前米国WT社の下に日本IBM等があったところ、その間にX社をおくという日本再編プロジェクトを行いました。
 このプロジェクトに係る米国IBMの目的には、X社をして資金のより効率的な配分を行う機能を担わせるというものがあり、この資金効率改善には、日本IBMから米国IBMへの利益還元に係る日本の源泉所得税の負担を軽減し、国際的二重課税を回避するという目的が含まれていました。
 というのも、米国連邦税法上、一定額以上の収入があると税額控除、外国税額控除を制限する制度があるところ、2002年(平成14年)頃、米国IBM税額控除の繰越額が223400万米ドル(約26785600万円)あり、外国税額についても直近の事業年度で調整の対象とされず、直ちには国際的二重課税が解消されない状況にあったのです。

 では、X社を中間持株会社とすると、なぜ、国際的二重課税が解消されるのでしょうか。

 X社が中間持株会社となるの米国IBMへの利益還元は、日本IBMから米国WT(日本の所得税法上、外国法人)への配当または日本IBMによる自己株式の取得という形で行われることになります。日本IBMは米国WT社に配当等を支払う際、配当またはみなし配当の額の10*の源泉徴収義務が課されます。日本IBMにより源泉徴収された所得税額は、米国WT社が支払った米国外法人税の額として、米国IBM連結確定申告において外国税額控除の対象となりますが、実際にはこれが利用できず、国際的二重課税が直ちに解消されない状況にあったことは、前記の通りです。

*  日米租税条約122(b)等。
 なお、日米租税条約では、日米間の持株割合
50%を超える親子会社間の配当には源泉所得税額を課すことはできないとされましたが、同条約は、平成1671日以後に支払を受けるべきものから適用されます。

 ところが、X社が中間持株会社となったは、日本IBMからX(日本の所得税法上、内国法人)への配当またはみなし配当について日本IBMには支払の際20の源泉徴収義務が課されますが、この源泉所得税額はX社の法人税の額と調整されるところ、X社は課税所得を生じるような事業をしていなかったため、X社が法人税の確定申告をすることにより全額還付を受けることができたのです(平成14年から平成17年にかけて、9018000万円)。

 しかも、X社は、日本IBMからうけた配当及び本件各譲渡により受けた金銭並びにこれらに係る還付を受けた源泉所得税相当額を米国WT社に送金しているところ、これを本件融資の返済として送金することができ、利子支払に相当する部分には、10%の源泉所得税が課されるものの、元本返済分には課税されません。したがって、従来に比べると、源泉所得税額が課される対象となる部分が、大きく縮減したのです(平成14年から平成17年にかけて、X社が利子支払の際に納付した源泉所得税額は259000万円)。

 ということで、控訴審は、本件一連の行為のうち、米国WT社によるX社の持分取得、本件増資、本件融資、本件株式購入までについては、国が主張する本件税額圧縮の実現をも重要な目的として行われたものであることを認めました。

 でも、控訴審は、本件一連の行為のうち、本件各譲渡については本件税額圧縮の実現のためX社の中間持株会社化(米国WT社によるX社の持分取得、本件増資、本件融資、本件株式購入)と一体的に行われたとは認められない!と判示しました。
 X社が日本IBMから利益の還元を受ける際、配当として受けても、自己株式の取得による金銭の交付として受けても、米国WT社(ひいては米国IBM社)が負担する日本の源泉所得税額が従前の場合より大きく減少するのは同じですから…。また、実際にも、米国IBMは、日本IBMからの利益還元の時期、規模、方法について、その資金需要の必要性や資金効率の改善という観点から判断していたと認定されています。

イ.本件一連の行為は、独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なるもので経済的合理性を欠くかについて(および、本件各譲渡以外の本件融資、本件増資、本件株式購入も、個別的に見て、独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なるもので経済的合理性を欠くかについて)

控訴審は、

本件各譲渡それ以外の本件一連の行為とは、その主体、時期、及び内容異なる上、

・本件税額圧縮という共通目的の実現のために一体的に行われたという国の主張自体も認められない以上、

本件一連の行為について、全体として経済的合理性を欠くかどうかを判断することが相当であるということはできない、と判示しています。
 個人的には、ここの判断が、どうも、心許ない気がするんですよね。また、後述します。

 それから、控訴審は、本件各譲渡以外の本件融資、本件増資、本件株式購入というX社の行為が、個別的に見て、経済的合理性を欠くとするX社の主張(例えば、本件融資について、米国WT社は、わずか700万円で買収したX社に対し、約18000億円もの金額を無担保等の条件で融資しており、異常だ…等)は、「主張自体失当」と厳しい判断をしています。

ウ.本件各譲渡はそれ自体で独立当事者間の通常の取引と異なるものであり、経済的合理性を欠くかについて

国は、本件各譲渡が経済的合理性を欠く理由として

・本件各譲渡のうち平成14年譲渡において当初決定されていた譲渡価額は1株当たり、305586円であり、その後、株式譲渡数や価額が事後的に修正されたこと(総額は変わらず1株当たり1271625円。つまり、X社は、当初、取得価額の4分の1ほどの譲渡価額で日本IBMによる自己株式の取得に応じることにしていたのに、後から、取得価額相当の譲渡価額にて応じることに変更したようです。)。

・本件株式購入における日本IBM株式の取得価額(1株当たり1271625円)が適正な価値を表していたとは言い難いのに、X社が本件各譲渡における譲渡価額として引き継いだこと。

などをあげたところ、控訴審は、
前者については、「不当」性については、最終的に行われた取引を対象として判断すべきである、
後者については、本件株式購入の取得価額は、専門業者の株式評価書に基づいて決定されたものであり、その算定過程や結果が不合理であるとは認められない
等とした上、
なにしろ取得価額と同一の譲渡価額で自己株式の取得に応じても、以前のブログでざっくりと説明した通り、益金に算入されないみなし配当の額(本件では受領した対価の93)がそのまま譲渡に係る譲渡損失額となって損金算入されるのですから、独立当事者の内国法人であっても、取得価額と同一の譲渡価額で日本IBMの自己株式の取得に応じる取引をすることは、十分あり得たと判示しています。

エ.本件一連の行為により、X社は(本件税額圧縮を実現しただけでなく)法人税の負担軽減させており、本件一連の行為を容認することは租税負担の公平維持という法人税法1321項の趣旨に反するかについて

 控訴審は、本件各譲渡事業年度において被控訴人に多額の譲渡損失および欠損額が生じたのは、本件各譲渡に、法人税法の規定を適用した結果である、したがって、これをもって見せかけの損失であるとする国の主張は、その故に直ちにその計上を否定すべきというものであれば、法律上の根拠を欠くものであって採用の余地はない旨、その後の平成22年法改正にも触れつつ、判示しました。以前のブログでも述べましたが、ここは、平成13年、14年税制改正による「穴」だったんですよね。それを納税者がそのような法の規定に従って損失や欠損を計上しただけで否認することは許されないということです(結果として、日本におけるIBMグループは、平成20年連結期から平成23年12月連結期までの間に、日本国内において約5006億円の利益をあげながら、X社による約3995億円もの譲渡損失額計上により、法人税の負担を軽減させているんですけどね。)
 また、控訴審は、本件一連の行為を容認することが法人税法1321項の趣旨に反するという国の主張は、本件一連の行為を対象として「不当」性の判断をすべきものとしている点、及び、「不当」性の判断について経済的合理性を欠くと認められるかどうかという客観的、合理性基準に依拠しない点において、既に失当である、とまたまた厳しい判示をしています。
 
(2) 以上、2回にわたって控訴審判決について長々と書いてきましたが、控訴審判決は、読んでみると、ちょっと考えさせられます…。
 控訴審で主張を変更した国の訴訟戦略は、結果として、失敗だったとのではないか…とも思えます。
 確かに、第一審の国の主張は、筋が悪いなと思いました。でも、それでなくても、同族会社の行為計算否認は、「不当」という概念が曖昧で租税法律主義に反するのではないかという議論もあるくらいなのに、その「不当」性の評価根拠事実をごっそり変えるとは…。
 まあ、控訴審における「不当」性の判断基準に関する国の主張に沿うようにしなければなりませんし(132条について、控訴審ではっきりと認めてもらえたことは、今後、存外、大きいかもしれません…)、そもそもは、処分行政庁による処分時の検討が足りなかった(証拠収集も不十分だった…もっといえば、伝家の宝刀を抜くべき場面ではなかった…?)ということで、訟務検事さんはかわいそうだったかもしれません…。このように「主張自体失当」を連発されたら、普通、相当、凹むと思います。

 しかし、それだからこそ、控訴審判決は、心許なく思えてしまうのですが…。本件において法人税法132条で否認されたのは、X社がおこなった本件各譲渡に伴う譲渡損失額の損金算入です。そして、本件各譲渡については、法律の規定に従って法人税額を減少させただけでは、行為計算否認の対象とならないといってくれているようで、ひと先ず、安心です。でも、本件税額圧縮については歯切れが悪いですね…本件各譲渡とそれ以外の本件一連の行為とは、その主体、時期、及び内容が異なるとはいってくれていますが、これらを一体と捉えた国の主張を批判しており、控訴審の国に対する心証が悪かったことはみてとれますから…。もっとも、さすがに、本件では、本件一連の行為から本件各譲渡は除かれますので、肝心の譲渡損失額の損金算入を否認することは困難なのではないかと思われますが…。 
 
(3)  控訴審は、「不当」性の判断について、経済的合理性基準説をとりつつ、経済的合理性を欠くかの判断で、行為又は計算が異常であったり、あるいは、専ら租税回避目的だったりということは要しないとしています。「租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる」というような判断は、極めて複雑で決め手に乏しいとも…。とすると、納税者側が正当な理由や事業目的がありますと主張しても、そのような主張は決め手に乏しいということになるのでしょうか。
 金子先生は、「行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のこと」と書いておられる(『租税法(第20版)』471頁)ところ、控訴審はこれを真っ向から否定した格好になっていますね。金子先生は、その先に、「独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引(…)と異なっている取引には、それにあたると解すべき場合が少なくないであろう」とは書かれていますが…。
 控訴審は、経済的合理性を欠く場合に独立当事者間の通常の取引と異なっている場合を含むとしているわけですが、やはり、独立当事者間の通常の取引と異なっているだけで、「不当」と判断される場合があるとすれば、広範な場合を含み得ますし、そもそも基準として曖昧で、納税者の予測可能性を害するのではないか…とも思えるのですが…。
 日経新聞(本年68日)に、ヤフー、IBMの税務訴訟の進展に伴い、下級審判決では租税回避の認定要件が却って曖昧になっているとして、最高裁において具体的要件を示す必要性があるのではないか等との記事がでていいましたが、一理あるのではないかと思いました。
<後記1>
最高裁は、平成28年2月18日、国の上告受理申立てを不受理とする決定
を出したようです。
http://www.hisaya-avenue.blogspot.jp/2016/02/28218.html
<後記2> 要件事実論との関係をふれてみました。
        http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/05/blog-post.html
        http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/05/blog-post_5.html
        http://hisaya-avenue.blogspot.jp/2017/05/blog-post_8.html