2017年5月4日木曜日

IBM判決と要件事実論 ~その1~


 IBM事件(第一審 東地判平成2659控訴審 東高判平成27325上告審 最決平成28218については、このブログでとりあげたことがありますが、GWを利用して、要件事実論的に、もう一度、振り返ってみたいと思います。
 IBM事件は、「同族会社の行為計算否認」(法人税法132条)に基づく課税処分が問題となった事案です。
 まずは、要件事実論の基礎から…。



1. 私が司法修習生の頃、「民事裁判」、「刑事裁判」、「民事弁護」、「刑事弁護」、「検察」という5科目があり、その中でも、「民事裁判」は、「要件事実」の勉強が中心だったように思います(とはいえ、きちんとマスターできているのかと聞かれると、不安になりますが…笑)。
 まず、「要件事実」とは、なんでしょうか?
 私が使っていた「白表紙」(しらびょうし=司法修習所の教科書。白い表紙なので、そのように呼ばれています。その中の『増補民事訴訟における要件事実第一巻』)によれば、「主要事実」と同義としています(*)。
 それでは、「主要事実」とは?。
 こちらについては、受験生のころ、民事訴訟法の勉強で、「間接事実」や「補助事実」とともに、呪文のように覚えました(笑)。


 *なお、岡口基一裁判官は、その著書(『要件事実入門』)において、現在、要件事実の教育の主体は、法科大学院(ロースクール)に移行しているとした上で、「要件事実」に該当する具体的事実を「主要事実」とよんで、「要件事実」と「主要事実」を区別して用いています。
 なお、判決三段論法は
 大前提 - 実体法規範(法律要件→法律効果)
 小前提 - あてはめ (主要事実→法律効果)
 結 論 - (主要事実→法律要件→法律効果)
であるところ、要件事実論を採用すると、上記大前提が「法律要件の充足→法律効果の発生」ではなく、「要件事実の充足→法律効果の発生」になるともされています(「要件事実」とは、「裁判規範としての民法典の抽象的、類型的規定の中から」「証明責任分配の原則に基づいて」「摘出される」。孫引きです…すみません。)。

 


主要事実
  権利の発生・変更・消滅という法律効果を判断するために直接必要な事実

間接事実
  主要事実の存否を推認するのに役立つ事実

「補助事実」
  証拠の信用性(証拠価値)や証拠能力に影響を及ぼす事実


 


  










 要件事実は、立証責任と密接な関係にあります。

 


立証責任
  ある事実が真偽不明の場合に、判決において、その事実を要件とする自己に有利な法律効果の発生または不発生が認められないこととなる一方当事者の不利益の負担


 


  


   この定義を初めて読んで、すんなりわかる方って、いるんでしょうか(いるとは思いますが、「天才」とよばせてください!)
 どこまで遡って説明すればよいか迷いますが、要は、民事裁判は、絶対的な真実を追求する場ではなく、「当事者主義」という「裁判を利用するか、利用するとして、どういう請求をたて、どんな主張・立証するかは、自分の権限でもあり、責任でもあるよ!」という大原則の下に行われているということをおさえておく必要があるとおもいます。そして、この当事者主義の下、当事者(第一審では原告・被告)は、一生懸命に主張立証するわけですが、そもそも、法律(実体法)の多くは、ある法的な効果を発生させるには、こういう要件が必要であると規定しています(このような発生要件を講学上、「法律要件」といいます。)。
 たとえば、原告が被告に対し、「100万円を貸したので返してくれ。」と請求する場合、(消費貸借契約に基づく)「貸金」発生(法律効果の発生)には、これこれの法律要件が必要だと、民法に書いてあります(条文解釈により法律要件が導かれることもなしとはいえませんが…。ちなみに、貸金については、「返還約束の存在」と「目的物の交付」です。)。なので、裁判において、原告の被告に対する「貸金」が発生しているという主張を認めてもらうためには、原告が「貸金」発生に必要な「法律要件」に該当する事実、すなわち、「主要事実」を主張・立証する必要があるのです(ただし、要件事実は上記のとおり「返還約束の存在」と「目的物の交付」ではありますが、通常、これを含む「○年○月○日、弁済期を△年△月△日として、100万円を貸し付けた」という事実を原告は主張し、その主張に沿う記載がある消費貸借契約書を書証として提出したりします。ただし、この証明は、いずれの当事者がしても差し支えありません)。
 

民法第587

消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
 

  ところで、裁判所の側からすると、口頭弁論が終わるときになっても、「主要事実」の存否がはっきりしないときもあります。でも、はっきりしないからといって、「わかりませんので、判決は書けません。」とはいわないことになっています。この場合、立証責任を負っている者が、不利益を負うことになります。
 たとえば、先ほどの例で、裁判所が「貸金」発生に係る主要事実(請求原因事実)の存否がわからないと判断する場合、その立証責任は原告が負っていますので、原告の損害賠償請求が認められないことになります(請求棄却の判決となります)。
 これに対し、被告が、「100万円を借りた」事実については認めたうえで、「全部返した。」とか、「貸金債権は時効消滅している」と主張する場合、「弁済」や「消滅時効」について立証責任を負っているのは被告なので、裁判所がこれらに係る主要事実(抗弁事実)の存否がわからないと判断する場合、被告の主張は認めてもらえません(ここでは説明を避けますが、請求原因事実を被告が認めると、弁論主義の下、自白が成立し、裁判所はそのまま判決の基礎としなければなりません。なので、被告の主張がこれだけで、しかも、十分な立証ができないとなると、請求認容の判決は避けられません。)。
 これが立証責任の意味するところなのです。ここまで読んで、もう一度、「立証責任」の定義を読むと、その意味するところがわかりやすくなるのではないでしょうか(ならなかったら、すみません。)。


2. 先の例で、いきなり、「請求原因事実」とか「抗弁事実」などという言葉がでてきましたが、これは、立証責任を分配した結果です。証明困難な事実は、立証責任に基づき裁判される可能性が高いので、それがいずれの当事者に分配されるかは、当事者にとって裁判の勝敗を分ける重要な問題であるといえます
 立証責任の分配の対象となる事実は、主要事実とされており(間接事実は対象となりません。)、その分配については、以下のような法律要件分類説が通説となっています(**)。

 


①法律効果の発生を規定する「権利根拠規定」の要件事実
  →その法律効果を主張する各当事者が立証責任を負う。

②権利根拠規定による法律効果の発生につき障害事由を規定する「権利障害規定」の要件事実
  →その法律効果の発生を争う者が立証責任を負う。

③法律効果の消滅を規定する「権利消滅規定」の要件事実
  →その法律効果の消滅を主張する者が立証責任を負う。


 


 ということで、「貸金」発生の主要事実については、①により、原告が立証責任を負い、「弁済」「時効消滅」については、③により、被告が立証責任を負うことになります。
 ちなみに、「抗弁」とは、自分が立証責任を負っている、相手方の主張と両立し得る主張のことをいいます。
 先ほどの例で、原告が主張する「貸金」発生と被告が主張する「弁済」や「時効消滅」は、両立し得る主張ですよね。


**私の大学院時代の指導教授である三井哲夫先生には、「法律要件分類説の修正及び醇化に関する若干の具体的事例に就て(続要件事実の再構成)」(法曹会)など、要件事実に関するご著書があります。もっとも、大学院時代にご指導いただいたのは、以前このブログで書いたように、国際私法です(笑)。

3. 次に、「間接事実」には、どんなものがあるでしょうか?
 たとえば、先の例で…。「被告は、○年○月○日より1週間前、(原告ではなく)Aさんに対し、『200万円の車を買いたいけど、100万円足りない。信用履歴のせいか、ローンもくめない。100万円貸してくれないか。』と頼み、断られた。」という事実や、「被告は、原告が100万円を貸したと主張している○年○月○日の2日後、200万円の車を買った」という事実などが、間接事実にあたり得ます。○年○月○日に原告が被告に100万円を貸したという事実を推認させますよね。

4. ところで、「規範的要件」という概念もあります。
 民法でいえば、「過失」(民法709条)などです。
   「過失」というのは評価なので、この法律要件の存在を認めてもらうためには、そのような評価の根拠となる具体的事実(「評価根拠事実」といいます。)を主張・立証する必要があります。例えば、「過失」による自動車事故によって蒙った損害賠償を請求する場合に、当該事故をおこした運転手が「車両の速度を落とさなかった」という具体的事実を主張・立証して、運転手には「過失」があったと評価し得る旨主張したりします。
 評価根拠事実をどう位置づけるかについては、主要事実説と間接事実説の対立があり、白表紙は、主要事実説をとっています。主要事実説によれば、「過失がある」という主張は、法律上の意見の陳述となり、「過失がある」という主張の根拠となる評価根拠事実が主要事実となります。 
 


民法第709

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
 
なお、前述の岡口裁判官は、例えば、自動車事故を起こした運転手が「車両の速度を落とさなかった」という事実は、常に「過失」にあたるわけではなく、当該具体的事案において被害者との関係で「過失」にあたるか否か規範的に評価されるとした上で、「過失」については、その要件に該当する事実は多様であることから「多様型の規範的要件」であるとします。これに対し、表見代理の「正当な理由」(民法第110条)などは、複数の事実を総合的に評価して、当該要件に該当するか否かを判断するとして、「複合型の規範的要件」であるとします。そして、前者の「多様型の規範的要件」については、単一の事実(又はせいぜい数個の事実群)が主要事実であるとする一方、後者の「複合型の規範的要件」については、その要件に係る最低限の主張(「正当事由がある」)があればよく、あとは、裁判所が、当事者が主張している事情のみならず、すべての諸事情を総合して判断する特殊な法律要件だとしています。

5. IBM事件の要件事実について、書きたかったのですが、長くなったので、本日は、ここまで。